給与計算 代行のバージョン
日本は一九九七年三月の京都会議の議長国だった。
政府には「会議を成功させねばならない」という強いプレッシャーが国内の世論からも、また海外からも加わっていた。
事前の国際交渉の中で、各国の温室効果ガスの削減目標を数値にして設定しようとの考えが浮かび上がった。
これをめぐって、産業界を代弁した形で慎重な主張を繰り返す通産省と、国内の「環境重視派」の期待を背負う環境庁の間で、調整が九月初めから続いた。
しかし、結論は出なかった。
通産省は削減量を九○年比ゼロと主張した。
一方、環境庁、外務省は高い目標を設定するよう求めた。
二○○一年に亡くなった田辺敏明元地球環境問題担当大使の回想によると、事前交渉で各国から「京都会議による削減率が九○年比五%より少ないものでは、会議は失敗とみなされるだろう」との感触を得ていた(注二・日本の温室効果ガスの九割以上はCO2だ。
そして、その大半は産業活動や国民生活でのエネルギー消費と密接に結びつく。
通産省は日本の産業界のエネルギー効率はよく、CO2の削減は難しいとの主張を繰り返した。
同省は九七年初めから京都会議に向けてプロジェクトチームを作り、エネルギー使用量とCO2の排出量の推移を省内外の専門家を招いて推日本では国際的な枠組みを無条件に肯定する社会の雰囲気がある。
そして京都会議の内容は、「今の状態を変えなければ」と誰もが考える地球温暖化問題の討議だった。
そして覆いかぶさった議長国の重荷。
「(京都会議について)努力が万一、無に帰すことになれば各国の取り組み意欲は減退し、その立て直しは容易ではない。
何より、日本外交にとってのダメージも計り知れない」(注三など、新聞に代表される世論の突き上げもあった。
環境庁の主張に追い風が吹いていた。
こうした中で、進まない状況に業を煮やした古川貞二郎官房副長官が、橋本龍太郎首相の意向を受けて調整に乗り出した。
九月二四日午後八時、全日空ホテルの部屋に、古川宮計。
「エネルギー起源のCO2排出量を二○一○年までに大きく減らすことはほぼ不可能」との予想を出していた。
一方、数値目標を決めることで、外務省は会議をまとめやすくすること、環境庁は国内の対策に拍車をかけることを考えていた。
これまで環境問題で通産省と環境庁が対立する場合には、エネルギー関連税を管理する予算上の背景を持ち、政治と産業界の強いあと押しを受けることが多い通産省がたいてい主張を通した。
ただ、通産省も環境庁の意見を取り入れ、排気ガス規制や新エネルギーの分野で、新たな制度を作ってきた。
しかし、京都会議前の状況ではこれまでと様子が違う。
しかし、数字の解釈をめぐって、その後の政府の対応は混乱をみせる。
田辺大使の回想では、この会合で先進国の基準として五%削減を訴える日本案が「満足させる形で決着した」と記す。
一方、通産省からの出席者は、「国内でのエネルギー起源のCO2排出量の削房副長官の呼びかけで各省庁幹部、官邸の審議室長クラスが集まった。
会合の冒頭で、外務省側は各国との事前折衝の内容を伝え、議長国である以上、日本の提案は自国の立場だけを考えるのではなく、各国が交渉ベースで受け入れられるものが必要、日本が九○年比削減量ゼロを提案したならば、議長国の責任を自覚していないとの非難を受けかねないと主張した(注三)。
また、環境庁側はこれに同調した。
環境庁では国立環境研究所などの予測モデルを通じて、二○一○年で温室効果ガスを七%前後減らすことは可能としていた。
環境・外務の両省庁は通産省を説得する形になった。
通産省側は会合でも九○年比で削減ゼロを主張し続けたが、古川官房副長官ら官邸側の強い説得に、削減目標の受け入れを認めたという。
ただ、エネルギー起源のCO2排出量の削減幅は九○年比ゼロという通産省側の主張は認められた。
基準年比二%減少分は、「技術革新への期待」とされ、根拠は不確実なものだった。
減分がゼロということが、会合の主要な決定だった」と強調する。
どちらも正しいが、このゼロと五の数字への関心の差が、日本案の発表時に現れる。
深夜の会合でも内容の精査が行われた。
この場面で、通産省側が疑問を繰り返した。
いくら努力しても、CO2を減らすことは難しいとの主張だ。
統計と研究を基にしての反論に環境庁は対応できなかったとされる。
ここで通産省側は、各国の事情に合わせて削減目標の差異化を加えるように提案した。
日本の産業界はエネルギー効率が高いので、他国よりも有利な削減率を認められるべきとの考えだ。
また、国際協定では不確実な部分があるので、二%程度のぶれは許容され、達成できなくても問題にならないとの見解を盛り込むように求めた。
これらの抵抗は、数字を見かけよりもできるだけ小さくしようという意図のためだ。
この「達成できなくても問題にならない」との許容分の考えで議論となったが、通産省の主張がここでも通った。
この結果と調整を経て、一九九七年一○月六日に出た日本提案の骨子は次の通りだった。
二○○八年から五年間の温室効果ガスの排出量を九○年に比べ、先進国は年平均五%削減する、五%は基準削減率で、一九九○年のGDP国内総生産)と一人当たりのCO2の排出量、九○年から九五年までの人口増加率を考慮して各国は削減率を緩和して目標を設定できる(差異化の許容)、各国間の温室効果ガスを排出する権利(排出権)の売買など削減方法に柔軟性を持たせる。
これは各国の交渉のたたき台になるものだ。
一方、日本の場合は、ハードルを低くした。
九月二四日の会合の決定通り、日本は基準年比二・五%の削減ですむように、各国に訴える。
二・五%削減の内訳も会合での原案通りだ。
二%減少分は「革新的技術開発、国民各層の削減努力」によるものとされ、根拠はあいまいだった。
また、この二%分が減らせなくても国際義務違反となるのを避けるため、罰則を受けるなど違反を問われる実質的レベルは同○・五%減程度と見込む。
しかし、別々の場で環境庁と通産省が会見を行い、対立が明らかになる。
環境庁は「五%が基準」の点を強調した。
一方、通産省は調整によって変わる点(差異化)と、許容分の考えを重視した。
当時のメディアは通産省の主張を受け入れ「基準五%、実質二・五%、遵守○・五%」(注四)などと報じた。
環境庁幹部は会見で、「通産省は、日本が仮に二・五%削減ができなくても条約義務違反にならないといっていますよ」という記者からの問いに「政府統一見解ではそのようなことはない」と否定した(注五)。
両省庁、総理府で統一の想定問答の行政文書を情報公開請求で入手した。
これによれば、日本の負う削減義務は差異化の考えを入れれば一・五%程度」で、「最大限努力しても目標に達しないからといって、ただちに議定書違反とするべきではない」と明文化されていた。
なぜ環境庁幹部がこのような発言をしたかは分からないが、両省庁間の最終的な意見二○○四年という当時からみた未来の視点に立つと、この日本案の見通しは甘すぎた。
京都会議の結果、「日本は基準年比で六%の温室効果ガスを削減する」と、義務は上乗せされた。
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